2006.07.16

月夜の小話 第11話

躱し(交わし)

月夜の小話第11話は、不思議な響きを持つ「躱し」がテーマである。
躱しは、breakとは違う。
避けるとも違う。
躱しである。
アルファベットで書くならば、"kawashi"である。
ちなみに、躱すとも異なる。
どう違うのか、それは説明が難しい。
あえて言うなら、フィーリングの違いだろうか。
似て非なる物がそこにはある。


時代劇を思い浮かべて欲しい。
敵が気合いと共に切りかかってくる。
そのままじっとしていれば一刀両断にされる。
しかし、劇中の達人剣士は、直前でひらりと切っ先を躱し、そのまま相手に峰打ちを食らわせる。
AHにおける躱しも、それと同じである。

それでは早速、躱しを君に伝授しよう。
さあ、敵が攻撃してきた。
君はそれを避けてはならない。
ギリギリまで引き付けろ。
まだだ、もっと引き付けろ。
あわてるな、まだ早い。
もっと、もっと、もっと引き付けろ。
目を閉じて3つ数えるつもりで引き付けろ。
これを実践した君は、バラバラにされて爆発しているにちがいない。
人の言うことを素直に信じてはいけない。
これが教訓その1である。

さて、話を戻そう。
躱しは回避技である。
しかし、ただの回避ではない。
攻撃のための回避だ。
躱した後に攻撃しないのなら、それは単なる回避でしかない。
そんなのは世界中で誰もがやっている。
では、躱しはどうするのか。

まずは敵の攻撃を回避してみろ。
ダメだ、まだ早い。
もう1テンポ引き付けろ。
敵が機首を向けてきたとき、今ここで撃たれたら、その弾が自分に当たるかどうか、
瞬時に判断できるようになれ。
何、判らない?!
それはまだ修行が足りないのだ。
もっと撃たれてこい!
何度も撃たれていれば、自ずと当たる射撃と当たらない射撃がわかるようになる。
・・・ふむ、だいぶいい感じに穴だらけになったな。
では、続きを話してやろう。
躱しは敵に撃たれるところから始まる。
しかし、本当の躱しは、ただ敵に撃たれるのではない。
敵に撃たせるのが本当の躱しだ。
何、同じじゃないかって?!
まだ理解しておらんようだな。
もう一回撃たれてこい!
ふむ、だいぶボロボロになってきたな。
それでいい。

敵に撃たれるのと、敵に撃たせるのでは何が違うのか?
見た目にはどちらも似ている。
おそらく、第三者から見たら、違いは判らないだろう。
だが、その違いは大きい。
ピラミッドよりも、戦艦大和よりも大きい。
ついでに言うなら、富士山よりは小さいと思うぞ。

さて、その違いとは何か?
それはひとえに心構えの問題だ。
撃たれたくないのに敵に撃たれるのでは、既に心でも、機動でも負けている。
しかし、敵に撃たせようと思いながら敵に撃たせるのでは、
心でも機動でも勝っているのだ。
何、負け犬の遠吠えに聞こえる?
まだワシの言うことを信じていないようだな。
知識と教養の無いパイロットには、この真髄は判るまい。
まぁいい、いずれ判る時が来るだろう。
ただし、30年後かもしれんがな。

さて続きだ。
だがその前に、カフェオレを買ってきてくれ。
コカコーラのジョージアがお気に入りだ。
金?
男が細かいことを言うもんじゃない。
ほれ、さっさと行け。

ふう、それでは話しの続きだ。
どこまで話したっけ?
ああ、撃たせる真髄の話しだったな。

撃たれても当たらないと判れば、冷静に相手を見ることができる。
ギリギリまで引き付けて躱すのも、それほど難しくない。
躱しの真髄は、相手を冷静に見る観察眼にあるということだ。
何、近眼で遠くが良く見えない?
メガネを買え、メガネを。
コンタクトでもいいが、あれは目が疲れると聞いた。
裏技としては、馬鹿でかいディスプレイにすると言う手もあるぞ。
金がかかるがな。
サイフとカミさんの心に余裕があるなら、試してみると良い。
ちなみにワシは視力が1.2あるから、メガネなんぞ要らん。
パイロットはもっと目を大切にせねばならんぞ。

さて、敵に撃たせるのはそれほど難しいことではない。
ただ敵の目の前を黙って飛んでいればよい。
放っておいても、相手から撃ちにきてくれる。
肝心なのはここからだ。
相手が撃ちやすいように、少しだけ直線飛行をしてやれ。
もしくは、少しだけ旋回を緩めるのだ。
相手にじっくり照準するチャンスを与えてやれ。
何、そんなことをしたら正確に撃ち抜かれるって?
そう、そこが大切なのだよ。
正確な照準、これこそ躱しが最大の効果を発揮する隠し味なのだ。
まだよく判らん?
まぁ、お前らひよっこには難しいかもしれんな。

いいか、よぉ〜く聞け。
的に向けてじっくり狙いをつけて撃ってみろ。
どうなる?
的に正確に当たる。
そりゃそうだ。
では、的の周りをよぉ〜く見てみろ。
どうだ?
弾は当たってない。
そりゃそうだ。
全ての弾は、的に当たってるんだからな。

では、敵が正確に狙って撃った時、機体を急旋回したらどうなる?
うぅ〜ん、判ったかね?
正確に照準させれば、それだけ回避したときに、撃たれる危険が減るのだ。
ここまでは理解したかね?
しかもだ、少しでも機速が上がり、機動もしやすくなる。
そう、敵の目の前からいきなりスパッ!と躱すのだ。
スパッ!だよ、スパッ!
誰だ、ヌバッとか言ってるやつは。
発音が悪いぞ。
直線的に動いていた相手が、いきなり急旋回すると、それだけで追随できないものだ。
躱しはそこがミソなのだよ。

もう一つ重要なことがある。
躱しはタイミングが全てを決める。
相手との距離、つまり間合いである。
相手を引き込む間合い、相手が撃とうとする間合い、躱し始める間合い。
これら全てを、正確に把握しなければならない。
その事を肝に銘じておけ。

さて、躱しは攻撃のための回避技だと言ったな。
言い換えれば、躱しこそが攻撃技なのだ。
あー、フィリップス君、スライドを頼む。
何、フィリップスなんてヤツは知らんだと?
判らんやつだな、助手のことだよ、ソレくらい察したまえ。
え、助手などいないだと?
君ぃ、そんなことまで私に言わせる気かね。
も・ち・ろ・ん、君の事だ。
ほれ、さっさとやりたまえ。

それでは、下の図を見てくれたまえ。

これは敵が攻撃してきた時の相互の機動だ。
見ての通り、敵が撃とうと接近している。
ええい、ほっとけ!
悪かったな、ワシは絵が下手なんだよ。
今度、そんな事を言ったら、その口に37mm機関砲を押し込むぞ。
では次のスライドを。
ほれ、モタモタするな。

うん、よろしい。
これは敵が射撃を始めた瞬間だ。
しかし、防御側も急旋回で射撃を躱している。
うん、見事な機動だな。

さて、次のスライドだ。
これは敵が通過した直後の状態だ。
見て判るとおり、敵はこちらにケツを見せて離れていく。
判るかね?
これは最大のチャンスなのだよ。

・・・ああコラ、まだ次のスライドと言ってないだろうが。
まぁいい。
これは逆転した瞬間の状態である。
敵の6時を取り、攻撃しようとしている状態だ。
諸君もこんな逆転ができるように、技を磨きたまえ。
フェリス君、明かりだ。
何、さっきと名前が違う?
ええい、いちいち細かいことを突っ込むでない。

先ほど見せた4枚のスライドだが、恐らく似たようなモノを見たことがあるだろう。
そう、「ツバメ返し」と言われる技だ。
全てはコレが基本なのだ。

ツバメ返しは、低速の戦闘機で、高速の戦闘機を追撃するために編み出された技だ。
その昔、高速戦闘機が、迎撃を無視して基地に突撃していくのを、
苦々しく思っていたあるパイロットが、苦し紛れに考えたものだ。
始めは敵と交差してから反転、追撃していた。
しかし、それでは当然追いつけない。
それならば、交差する前に反転し、敵機にすぐ横を追い越させるように仕向けたのだ。
これなら、射程距離から抜け出すまでの間、敵を撃つ事が可能となる。
さらにこの考え方を進め、敵に撃たせるように仕向けて、交差前から敵を追いかけるようにしたのがツバメ返しなのだ。
ここまでは判ったかね?
よろしい、では次に進もう。

躱しは危険な技である。
その事を忘れてはならない。
相手を見据え、その動きを把握し、撃ってくる瞬間に躱さなければならない。
それには、相手の心の動きまで把握しなければできない。
ボクサーが相手の拳を見て防御するのではなく、相手の踏み込みや肩の動きを見て攻撃を予想するように、
躱しでも相手の一瞬の動きを予測して行動しなければならない。
一つでもしくじれば、それは即ち君の死を意味する。
相手が何を考え、今どうしようとしているのか、ちょっとした動きから理解できるようになれ。
別に超能力や読心術を身につける必要は無い。
宇宙人や地底人が相手ならそうもいかんだろうが、相手が人間である以上、相手の心は読めるはずだ。
じっくり相手を見ていれば、自然にわかるようになる。
まずはやってみることだ。

それから何度も言うように、躱しは攻撃技だ。
攻撃しなければ、躱しではないのだ。
相手の攻撃を躱した直後の状態をイメージし、それに合わせて機体を動かさなければならない。
これは絵や言葉では正確に表現できない。
後は自分で修行してくれ。
大丈夫、MAでは練習相手に事欠かないだろう。
幸いにも、撃たれても何度でも蘇ることができる。
唯一蘇らないとしたら、それは非撃墜スコアだけだ。
だがそんな事を気にしていてはいけない。
人生、これ修行である。
挫折を味わった後で、大きく成長できるはずだ。
もしも成長できないなら、何かが足りないのだ。
酒でも飲んで寝てしまえ。
翌日の朝、すっきりした気分でもう一度修行せよ。
きっと何かが変わっているはずだ。

さて、そろそろ時間だ。
ワシは次のゲームをしなければならん。
最近は地上戦闘が忙しくてなぁ。
なかなか大変なのだよ。
おっと、最後にもう一つ、言っておかねばならんことがある。

躱しは決して技術的な技ではない。
これは相手との心の駆け引きだ。
まずは心で勝たねばならん。
それから、常に冷静であれ。
軽快な音楽を聴きながら、ノリノリになるのはかまわん。
トップガンのサウンドトラックでも聴きながら飛びたいものだ。
しかし、心は氷のように冷たくなければならない。
そして、感性を研ぎ澄ませ。
一瞬のチャンスを見逃してはならない。
ソレができないなら、素直にbreakなり、スプリットSをするが良い。

もう一度、言う。
躱しは心の技である。
躱しの真髄は心にあり。
それを忘れるなかれ。

幸運を祈る。


ほとんどお蔵入りしていた原稿を引っ張り出して、ちょっと(かなり?)加筆修正したものです。
しっかし、我ながら高慢ちきな文章だと思いますが、まぁ、笑い話と思って読み流してください。(^^;)

今回のテーマである躱しは、日本人パイロットなら誰もが使っている技だと思います。
全く同じではないにせよ、どこか共感を持ってもらうことができるのではないでしょうか。
勝手な想像ですが、この躱しを理解してもらえるのは、おそらく日本人パイロットだけではないかと思います。
欧米の方にこの真髄を説いても、きっと理解してもらえないでしょうね。
特に最後の「心の技」って所は、東洋の神秘としか映らないかも。(^^;)
皆さんはどう思われたでしょうか?